加藤秀俊 著作データベース
マオリのはなし（６）アオテロアの発見
発行年月: 20021200
掲載 : テパパ通信
発行元 : ニュージーランド観光局
前回のこの連載で紹介したように、いま「ニュージーランド」とよばれている島を釣り上げたのはマウイという神様であった。しかし、マウイは島をそのままにしてどこかへいってしまった。というより、マウイはたぶんポリメシアの他の島々うぃつくるのにいそがしく、太平洋のあちこちに顔をのぞかせなければならなかったのだろう。それでは、この島を「発見」したのはだれだったのだろうか。
マウイが島を釣ったとき、すでにそこに「先住民」がいたという神話はあるが、それとならんで、もともと無人島だったこの陸地をポリネシア民族の聖地、ハワイキからきた人物が発見したのだという神話もある。
この伝説によると、むかしハワイキにはトトという名のカヌーつくりの名人がいた。かれはある日、おおきな樹をみつけ、それを材料にして大型のカヌーをつくり、それをじぶんの娘マロチニにあたえた。マロチニにはホツラバという夫がいたが、ホツラバの従兄弟にあたるクペという男もマロチニに好意をよせるようになり、ついに彼女をカヌーに乗せてハワイキを逃げだしてしまった。
ハワイキをはなれて何日もが経過した。なにしろトトという名人がつくったカヌーだから、航海は無事にすすみ、いままでみたこともないような大洋のなかにはいっていった。そして、その大航海のなかのある日、水平線のかなたに白い雲がただよい、その下に島影があるのが目にはいった。雲のことをマオリ語では「アオ」という。ちょうど陸地は長くたなびく雲の下にあったから、クペは「長い白い雲」という意味でこの島を「アオテアロア」と名づけることにした。
クペがこの島でさいしょに接岸したのは北島の東海岸だった。あたらしい島の発見にクペの一行はよろこんだが、そこには現代のＳＦ映画にでてきそうな奇怪な事件がまちうけていた。というのは、カヌーが岸にちかづくと巨大なタコが出現してカヌーに襲いかかったからである。このタコはテ・フェケ・ア・ムツランギという名の海神で、たいへんな力もち。吸盤のついた足でカヌーに巻き付いてくる。
クペとその部下は勇敢にこのタコとたたかい、タコの足を斧で切って食べたりもするが、タコはいっこうに弱らない。カヌーは沈みそうになってしまった。クペたちの死闘がつづき、結局はタコはクペによって殺されてしまった。クペの手にした斧は、さらに島を切りはなし、北島と南島の中間のクック海峡をつくることにもなった。前回にみたマオリの島つくりにつづいて、クペによる島の切断作業がおこなわれたのである。
クペのカヌーが最終的に落ち着いたのは現在のウエリントンのあたりにあるファンガヌイ・ア・タラという港で、ここからポリネシア人の移住がはじまった、というわけ。いまニュージランドを訪れるひとは、あちこちでマオリのみごとなカヌーを目にすることができるだろうし、その模型をお土産品店で買ってくるかもしれないが、あのおおきなカヌーはこの神話につながっているものというべきであろう。いまでも、マオリの集落を訪問するとそこにはかならずカヌーつくりの職人たちがいる。カヌーはポリネシア全域に共通の舟だが、マオリのそれは他の島のカヌーよりはるかに精巧で大型なのである。
クペたちは、この第一回の航海をおえてから、いったんハワイキにもどって、じぶんたちが発見した島のことをつたえた。クペの部下のひとりガフェは緑色のヒスイをここで見つけてそれをハワイキに持ちかえった。そしてハワイキにもどってから、この新発見の島には緑色の石がある、ということをつたえた。ニュージーランドでは、いまでもこのヒスイはひろく手工芸品としてつくられていて、ペンダントだの指輪だのになってほうぼうで売られているが、それはこの神話にまでさかのぼることができるものなのかもしれない。
モアという鳥がいる、という報告もクペの大航海によってハワイキにつたえられたものだった。なにぶん、神話伝説のことだから、それがいつのことだったかはわからないし、この物語のどの部分が真実なのかも見当がつかないが、推測によるとたぶんこれは一〇世紀のころのできごとだったろう、といわれている。
クペによるアオテアロアの発見のあと、そのはなしを聞きつたえてつぎつぎにポリネシア民族の移住がはじまった。伝説のうえでは、おなじくハワイキからツリという酋長がここにやってきた、といわれている。ポリネシアの他の移住伝説がそうであるように、ここにやってきたのはハワイキや他の島でなんらかの事情から住みにくくなった一種の「難民」のようなところがあった。ツリもケンカしてとびだしてしまったらしい。いずれにせよ、そうした冒険家たちがニュージーランドを発見し、移住したのであった。
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文書管理番号: 2662