加藤秀俊　著作データベース

アメリカの学生の夏休みプラン

発行年月:19650801
掲載　　: 旅
発行元　: 日本交通公社

アメリカの学生の夏休みプラン　　　　　　　　　　（「旅」１９６５．８．１）
　夏休みにアルバイトするのはアメリカも日本も変りないが…

　玄人はだしの学生たち
　去年の夏、わたしはアメリカのワイオミング州にあるティトン国立公園をたずねた。すぐ北がわのイェローストーン公園ほど有名ではないが、ジャクスン湖という美しい湖のむこうに雪をいだくティトン連峰がせまり、その景観は雄大である。イェローストーンというところは、だだひろいだけで、そのひろさにおどろくが、風光にはそれほど感心しなかった。わたしには、ティトンのほうがずっと気持がよい。
　ジャクスン・レイク・ロッジ、という山小屋ふうのホテルに泊った。本館はふつうのホテルだが、それをとりまいてバンガローがならんでいる。ポーチのまえには高山植物が茂り、そのあいだから、おどろいたことに、野生のチップモンク（しまりす）がとび出してきょとんとした眼でひとを見ている。滞在中に車を駆って湖のむこう岸に行ってみたら、大きなツノをもったムース（大ジカ）がもっさり草原のなかに立っている。まさしく自然公園だ。
　ずいぶん涼しい。空は紺青に晴れわたっているが、汗をかくようなことはしない。しぐれた夕方などは、肌寒いくらいだ。ホテルのロビーのバカでかい暖炉には、パチパチと火がもえている。しかし、そうかといって、ふるえるほどではない。よく晴れた日の昼間なら湖にボートを浮かべるのもよろしい。空気はさわやかに乾燥している。そして、なによりも、人かげがまばらである。わたしの知るかぎりで、ティトンは、たぶん最高の避暑地というべきであろう。
　ホテルのレストランは上等である。ワインも吟味していいのをそろえてある。川マスのとりたてのやつに、カリフォルニアのピンク色のワインなどそえてとると最高だ。大きな窓からはティトン連峰がみえる。
　ところで、ティトンに泊っていてまったくガク然としたのは、このすばらしい避暑地のすばらしいホテルの従業員が、ほとんど全員大学生であるという事実なのであった。シーツをとりかえ、洗面所を掃除するルーム・メイドも学生である。レストランのウェイトレスも学生である。そして、おどろいたことに、ワイン係のウェイターも学生なのである。ご存知のように、ワインのセン抜きにはコツがいる。ラクにポンと抜くのはむつかしい。おまけに、それを正式にサーヴするばあい、先ずお客にラベルを見せポンと抜いて肩越しにグラスに注ぐ、といった、いちおうの作法があり、身のこなしがある。だからわたしは、これは学生じゃあるまい、と思っていた。しかし、学生なのである。

　理想的なアルバイトシステム！
　なぜわかるか。それは彼らがぜんぶ胸に名札をつけているからである。たんにじぶんの名前を書いているだけではない。その下に、学校名が書いてある。なんとか大学のなんのたれがし−そういう名札をブラさげているのである。
　胸の名札だけじゃない。ルーム・メイドのばあいは、客室のテーブルのうえに、カードがおいてある。「このお部屋の係りは、××大学の○○です」。いずれのばあいも気持ちがいい。例外もあるが、学生というのは、マジメで無邪気なものだ。チップの多少で、あからさまに態度をかえたりするのが、一般的にいってサーヴィス業の従業員というものだが、その不愉快なる根性と学生は無縁である。
　きいてみると、このホテルではマネジャーと、コックのほかは全員が学生なんだそうだ。ぜんぶで百人くらい。とにかく、たいていのことは、学生たちがやってしまう。
　このホテルには、いろんな仕事がある。車で山のしたの町までお客を迎えに行く。レクリエーション係はお客さんたちの乗馬やボートのりの指導をする。ハイキングに行くお客の道案内をする。子ども連れのお客さんのために臨時託児所をつくって子どもをあずかる。これらもろもろのことを、学生たちがやる。じつにみごとである。
　なぜ学生だけであるのか。それは、このホテルをふくめて、このへん一帯、一年の大部分はひとが住めないからである。なにしろ、北部の高山だ。雪が深い。寒い。交通路も杜絶する。山開きがたしか六月下旬、そして、九月はじめにはもう店じまいである。ホテルとはいうものの、一年のうち使えるのは二カ月あまりであるにすぎない。九月になると、ホテルは完全にトビラを閉ざし、みんな下山する。山に残るのは、山林保安官だけだ。
　こんなところで、通年、ひとを雇っておくというのはムダなことである。ムダ、というよりも経済的に不可能である。二カ月間だけ臨時に大量のサーヴィス従業員がありさえすればよい。そこで、これが学生アルバイトということになる。学生のほうの都合からいっても、これは、まことにぐあいがよろしい。夏休みには、いささかなりともカネを稼いで新学期への準備をしておきたい。そうかといって、酷暑のさなかに汗水たらしてはたらく、などというのもあんまり気が利かない。高原の涼しいところで、雄大な自然に接しながら、はたらき、かなりの報酬がもらえる。勉強の時間もいくらかある。それに、名札をつけて百人の学生たちが共同生活する。友人もできるだろうし、ことによると恋人ができるかもしれぬ。こんないいアルバイトは世界じゅうさがしたって、あんまりない。
　いうなれば、経営者にとっても学生にとっても、そして宿泊客にとっても、理想的なシステムに舌をまいた。

　四年目になると一人前
　だが、それだけではない。じつは、もっと感心することがある。それは、この学生たち、ひと夏だけアマチュア精神でアルバイトをしているのではない、という事実だ。はっきりいって、毎年、ほとんど、おなし顔ぶれがそろうのである。
　まえにわたしは、たとえばワイン係の給仕がクロウトはだしの馴れた手つきでサーヴする、と書いた。だが、クロウトはだしになるのはあたりまえだ。かれは、このホテルではたらくのが四年目なのである。これまでに三年間、夏休みのたんびにここではたらいていたのである。要するに年期がはいっているのだ。
　はたらいている学生たちにきいてみると、ここでは、はじめての学生は、男女ともに皿洗い、掃除ゴミ捨て、といった単純労働しか割りあてられない。給料も固定給だけとにかく、下ばたらきだけなのである。それでひと夏、眼をつぶってはたらく。
　翌年の夏になる。ふたたびこのホテルからの求人に応ずる。そうすると、前年の経験がみとめてもらえる。“昇進”させてもらえるのである。こんどは、たとえば軽食堂の給仕。カウンターにすわるお客さんから注文をうけて「ホットケーキいっちょう！」などとやるのである。固定給のほかにチップもいくらかもらえる。軽食堂の飲食のごときは、金額的にタカが知れているし、ここを利用するときのお客の心性はシブイ。だからチップといっても、たいしたことはない。だが、まだ“二年生”じゃないか。ガマンしなければならぬ。
　三年目。こんどの仕事は、たとえばレクリエーション指導係とか食堂の給仕。こうなると、職種にもいささかの個性があり、かつ収入もぐんとよくなる。四年目になると、ホテルの受付、バーテン、会計係。もう一人まえだ。
　こんなふうに、毎年すこしずつ馴れて昇進してゆくのであるから近代的設備をととのえたホテルひとつ、ちゃんと学生たちだけの手で運営できるのである。学生アルバイトという甘えではたらいているのではない。それぞれに職能人としてはたらいているのである。避暑地のホテルで夏をすごしながらはたらく、というのは、たしかに学生にとって最高のアルバイトにちがいないが、それだけの修練と心がまえをもったアルバイトというべきだろう。

　日本の学生との相異点
　このホテルだけではない。アメリカの避暑地では、たいてい、これと似たようなセミ・プロ的サーヴィス人口としての学生が毎夏、大量に進出している。海水浴場の救助係レストランの給仕、ガソリン・スタンドのサーヴィス係り、いたるとことに学生がいる。だが、いずれのばあいも、職能人として一人まえにはたらくことによって、一人まえの給料をもらうという観念がしみわたっているから、仕事に中途半端なところがない。その点にわたしは注意したい。
　じっさい、もしも、この学生たちが、シロウトの甘えでいいかげんなことをやっていたらホテルをはじめとする避暑地の諸施設はメチャクチャになってしまうだろうし、なによりもお客が迷惑する。避暑地の運営が学生によっておこなわれうる、というのは、彼らが学生アルバイトとはいいながら、“学生”の資格をみずからタナ上げにして、あたりまえの職能人に徹しているからなのである。
　だが、これは、なにも避暑地のアルバイトにかぎったことではない。一般に、アメリカの学生のアルバイトは、本格的労働なのである。わたしは、アメリカの大学にいて、しばしば意外なところで学生たちにおめにかかった。スーパー・マーケットで買物をしていたらそこでカンズメを棚にならべていた男がこっちに寄ってきて、やあ先生お買物ですか今日はバナナが安いですよ。などという。白い作業衣を着ているから、わからなかったが、まぎれもなく、わたしのクラスにいるジョン君であった。
　ある晩、映画の帰りにレストランに寄って夜食をとろうとしたらウェイトレスがメニューをもってきて、先生、今晩わ、なにになさいます？という。しげしげと見ると、いつも窓ぎわにすわっている女子学生の、ヴィヴィアンである。いつもここで働いているの？ときくと、ええ、月水金と三晩はここよ、という。ちゃんとエプロンをかけてあたりまえのウェイトレスの恰好をしているから、これもわからない。
　ふだんのアルバイトというのがこんなふうに職能に徹しているからこそ、避暑地のアルバイトなども責任もって整然とできるのであろう。日本流の「アルバイト」ということばにつきまとう中途半端なひびきが、アメリカの学生たちの労働意識のなかにはこれっぱかしもない。そして、おそらく、そのような意識があってはじめて、避暑と金もうけの一石二鳥のたのしい夏をすごすことができるのであろう。それは、マジメにはたらく若者への報酬なのである。ウマイ話とはちがうのである。

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文書管理番号: 2569