加藤秀俊 著作データベース
自動車とヘルス・センター
発行年月: 19920814
掲載 : 電気新聞
発行元 : （財）日本電気協会
自動車とヘルス・センタ−
うちの近所に当節流行のヘルス・クラブというのがある。どんな設備があるのか、くわしくは知らないが、プ−ルだの各種運動機械だの、サウナ、マッサ−ジなどが完備しているらしい。みなが健康に気をつけるようになったというのは結構なことだし、そのことじたいにわたしは異論をとなえるものではない。
ところが、近隣の人間としてまことに困ったことがひとつある。それは、このヘルス・センタ−のご繁盛はいいのだが、ここに通ってくるひとびとの乗用車が専用駐車場に収容しきれず、それが列をなして不法駐車をしていることだ。毎日夕方その付近をあるいてみると、五台も一〇台も路上駐車している。あまり広い道路でないうえに、交通量がおおいものだから、渋滞の原因にもなる。だから困る。
その風景をみながら、わたしはおかしいとおもう。ここを利用するのはたぶん高額の会費を払って会員になった裕福なひとびとであろう。そのことは、この違法駐車しているのが例外なしに高級車であることからもわかる。だが、それはそれとして、車をつかってここまでやってきて運動をするというのはある意味で滑稽なことなのではないか。体調をととのえ、運動をしたければ、べつだんヘルス・センタ−などに加入する必要はない。車にのるかわりに歩いたらよろしいのである。安楽な乗用車を使っていたら運動不足になるのはわかりきっている。その運動不足を解消するためにわざわざこんなところまでやってくるよりは、歩いたほうがよい。
じっさい、このヘルス・センタ−はわたしの家のちかく、といっても、ほぼ一キロほど離れている。わたしがこうした違法駐車の現場をみるのは、皮肉なことにわたしが散歩という名の素朴な運動をしているときなのだ。二、三キロ散歩していたら冬だって汗をかく。いい運動になる。お金もかからない。ところが、ここにくるひとびとは遠いところから車で来てプ−ルやその他の施設を使い、それで運動なさっている。どんなかたちで運動するかはそれぞれの自由だが、法律を破って白昼堂々と違法駐車をしながら「健康」を増進する、などというのはおかしい。違法というのは精神の退廃である。退廃した精神はけっして健康ではない。
さきほどのべたように、わたしはヘルス・センタ−に反対なのではない。じじつ、むかしわたしはあるホテルのプ−ルに毎週のように通っていた。歩くのもよいが泳ぐのもよい。だが、身体的運動をして健康管理をしても、精神が不健康だったらよろしくない。車の消費するエネルギ−、違法駐車、精神の退廃、そうした奇妙な循環をみながらわたしは複雑な気分にとらわれてしまうのである。違法駐車する本人たちもよろしくないが、こういう施設をつくったり、管理したりする業者はさらによろしくない。退廃した精神と、ほんとうの肉体的健康は両立しえないことを確認したほうがよかろう。
加藤秀俊著作データベース
文書管理番号: 1169