加藤秀俊 著作データベース
喜劇的試験を嗤う
発行年月: 19910401
掲載 : 室内
発行元 : 工作社
喜劇的試験を嗤う 加藤 秀俊
第八回インテリアコーデイネーター資格試験の「第二次試験問題」とその模範解答なるものを読んだ。読みながらおかしくなって、ひとりで哄笑した。とくに「総合技術課題」をみておかしいどころか腹が立った。問題は「室内」二月号の七〇ページに記載されているから、ここにはくりかえさない。だが要点をいえば、わずか三二平米のＬＤにおおきめの食卓、来客用の応接セット、研究作業用の幅一五〇センチのおおきな机、それに二九インチのテレビをおきたい、それを配置せよ、というのである。
もとより、わたしはインテリアなどというものをなりわいとする人間ではない。しかし、ひとりの室内生活者である。そういう人間でも、この課題がいかに滑稽なものであるかはわかる。まず、三二平米といえば、かなりひろいようにおもうが、ここにあたえられた与件すべてをみたそうとするならば、足のふみ場もなくなってしまうことは目にみえている。こんな注文をだす人間は生活者として訓練不足だ。いったい、この注文主（すなわち出題者）が常識というものを持ちあわせているのかどうか疑わしくなる。もしもわたしがこの問題に答えをだすとすれば、おそらくつぎのようにいうだろう。
一、テーブルを思い切って二〇〇センチ×一〇〇センチ、つまり一畳分くらいの上等で丈夫なものにする。そのテーブルを多目的につかう。かんがえてみれば、食卓というのは一日にせいぜい二時間くらいしかつかわない。あとはただそこに存在しているだけだ。とするならば、来客もそこで接待したらよい。すこし無理をすれば八人まですわれる。そのことをかんがえれば、椅子も実用的でかつ上等なものにしたほうがよかろう。
この机は作業用にもつかったらよい。机の面積がこれだけあれば、資料をかなりひろげることができるから注文主の勉強用にも最適である。
二、二九インチのテレビはおすすめできない。なぜならば、これだけのサイズの部屋では無理があるからだ。二九インチ画面をみるためには、対角線の三ないし四倍の距離が必要である。つまり、三メートルほどのヒキがほしい。このていどのちいさな部屋に二九型はおおきすぎる。大型テレビという流行にはのらないほうがよい。
さらにいうならば、そもそもテレビというのは目ざわりなものである。こんなものがはいったら、ただでさえ狭い空間がさらに狭くみえるし、だいいち、美的でない。
三、依頼主は郷土史のアマチュア研究家だという。資料がたくさんあるし、ノートもとらなければならないだろう。ことによると、本を書くのかもしれない。ワ−プロもつかいたいそうだ。とするならば、わたしとしては単能的なワープロよりはコンピューターの導入をおすすめする。研究テーマが歴史だから、古文書なども必要だろうが、それらはおおむね図書館の資料のコピーだろう。とするならば、それをイメージ・スキャナーで読みとって、デイスクに保管しておくのがよい。メモやノートはワープロのソフトをつかい、それらもろもろの資料はデータ・ベース化したほうが研究の能率があがる。せまい部屋なのだから、コンピューターはラップ・トップがよろしい。プリンターもいまは小型のものがでている。
ちなみに、こうしたコンピューターの値段は一式そろえて、中古品なら二〇万円以下ですむ。応接三点セットなどというものに金をつかうより、このほうがよい。
四、、さらにいうなら依頼主は郷土史の研究家である。かといって、プロ、ないしは専業ではない。この学問分野では、資料はおおむね図書館にたよらなければならぬ。自宅での勉強もだいじだが、作業の場所は図書館、資料館などを本拠にしたほうがよい。ばあいによっては自宅のコンピューターを電話回線で図書館につなげたらあまり書類は必要ではない。
五、このように処理して、あとは床をひろくとっておく。床材料はフローリングで床暖房。ちいさなラッグやおおきめのクッションなどをちらしておくと、室内は簡素で余裕のあるたのしい空間になるだろう。
七、家具をやたらにせまいところに置いたばあい、おおくのひとが気がつかないのは掃除の問題だ。掃除機は、家具にぶつかって椅子もテ−ブルも傷だらけにする可能性がたかいのである。掃除機問題を考慮することなく、室内をかたることはできない。その初歩的な常識が欠けている。唖然とするのみ。
このようなことをかんがえるならば、依頼主の設定した条件は無知蒙昧、わがまま勝手な性質のものであって、「そんな欲ばったことはできません」と答えるのが正解だろうとおもう。しかしながら、模範解答を拝見すると、注文主の無茶な注文に無批判にこたえて、応接セットやら作業机やらで部屋をいっぱいにしている。こういう問題をだす人間の貧困な頭脳と、それに答える受験者。まことにこまる。なによりも、いちばんの被害者は、こういう珍奇な試験に合格したコオ−デイネ−タ−なる人間たちを信頼して室内設計を依頼する素朴なる人民である。すくなくとも、わたしはこういう人種にものごとを託したくはない。まっぴらごめん。 （放送教育開発センター所長）
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文書管理番号: 1021