第一章でみたように現代日本での補助金「問題」はひとつの社会現象であり、すくなくとも原則的に補助金は地方財政にとって文字どおり「補助」であるから、各種補助金については新聞をはじめとする各メデイアはこの「問題」をしばしばとりあげるようになった。とりわけ世界経済の「グローバリゼイション」が話題になり、コメをはじめとする農産物の「自由化」が緊急の課題になった昭和６０年代から、「補助金問題」は新聞の政治欄から経済欄、社会欄までをにぎわせる報道領域のひとつにもなったようにみえる。じじつ、すでに２７ページの表でみたように政府補助金は昭和５０年代前半に１０兆円台にのり、国家予算の３０％が補助金に投入されるといういささか異常な事態が発生しはじめていた。地方自治体にとって各種補助金は「獲得」すべきものとなり、その獲得競争は過熱することもあった。
そればかりではない。経常的な予算に加算される補助金は自治体にとっての「臨時収入」的な側面をもち、その経理操作にはしばしば不正がはたらきやすい。したがって「補助金問題」は新聞記事になることがおおくなったのである。
じっさい、これまでこの報告では「補助金」を地方自治体の問題として論じてきたが、日本社会のかなりの部分は「補助金行政」によってうごいているとみてもよい。たとえば現在問題になっている特殊法人や政府の外郭団体の経済的基盤は政府省庁によって支出され、保証されている各種補助金であることがすくなくない。また、私立大学などの教育研究機関も特殊法人などを経由して政府からの補助金をうけとっている。公的資金はいたるところにゆきわたっているのだ。
とすれば、この「臨時収入」をめぐって、そのムダ使い、不正使用から汚職や贈賄にいたるありとあらゆる「新聞ダネ」が登場してもけっしてふしぎではない。特定の農産物に事故があれば特別の補助金がでる。道路が決壊すればそこにも補助金がある。空港の騒音にも補助金があるし、小型のゴミ処理施設や太陽熱発電にも補助がある。一定の資格取得のための学費にも補助がつく。したがって、自治体はもとより、団体や個人も補助金の支給をもとめて奔走する。そのように日本が「補助金漬け」とでもいうべき状態におかれている以上、そのいくつかは社会問題化してメデイアの批判や非難をうけるようになってしまうのだ。
そのような新聞記事のすべてが正当かつ正確であるかどうかはここでは問わない。マスメデイアはしばしばひとつの事実を誇張したり誤解したりする。しかし、メデイアがとりあげる、ということの背景には当然、なんらかの「問題」があるにちがいない。そこで、各種補助金にかかわる問題が新聞にどのように報道されてきたかを昭和６１（１９８６）年から平成７（１９９５）年までの１０年間にわたってまず定量的に分析してみることにした。
その代表として、ここでは読売新聞の記事を同社の提供するデータベースによって検索した。検索にあたっては「補助金」をキーワードとしてこの１０年間の全記事から該当する記事（総計１９２４記事）のすべてを採集した。また、すべての記事についてその記事の「量」を「字数」によってしめした。単純集計の結果はつぎのとおりである。
| 年度 | 年間記事数 | 年間文字数 |
| 昭和６１（１９８６）年 | 44 | 34,227 |
| ６２ | 158 | 131,030 |
| ６３ | 215 | 187,158 |
| 平成 元（１９８９）年 | 206 | 187,158 |
| ２ | 226 | 161,367 |
| ３ | 253 | 155,127 |
| ４ | 261 | 159,721 |
| ５ | 196 | 119,244 |
| ６ | 190 | 142,062 |
| ７（１９９５）年 | 175 | 105,645 |
この数字からあきらかなように補助金関係の新聞記事は昭和６２（１９８７）年から急上昇し、平成４（１９９２）年をピークとして記事数、文字数とも前後にゆるやかに低くなっていることがわかる。視覚的にわかりやすいようにこの数字をグラフ化すると次ページのようになる。（字数については図表化の便宜上、１０００字を単位にして換算してある）
いまみたようにこのグラフから指摘できるのは記事数、文字数ともに１９８７年から急速に増加したということであり、また経年的にみると１９８８年から９２年にかけて記事数は増加したものの文字数はそれよりも増加率が低いということだ。べつなことばでいえば、ひとつの記事あたりの報道量は減少しているということになる。だが、件数がおおいということは、それだけ「事件性」がふえたということであり、またこのような報道をつうじて読者すなわち国民に「補助金」ということばを普及させた、ということを意味するといってよい。
それではこの１０年間、補助金が「問題」としてメデイアにとりあげられるようになったのはなぜなのであろうか。その「問題性」のいくつかを経年的につぎに分析してみよう。（なお以下の文章では特定の新聞記事をしめすために年度と見出しをカッコ内に記載した。たとえば（「〇〇〇〇」880322）という表記はその見出しの記事が８８年３月２２日付けの新聞に掲載されているということをしめす）
まず第一にあげておかなければならないのは補助金のありかたについての問題である。補助金の申請や交付には煩瑣な手続きが必要だ。そのことは１９８６年に総務庁が指摘している（「補助金手続き簡素・合理化を」861219）。これによると当時、サンプルとしてえらんだ７４の補助金について行政監察をおこなった結果、合計２３７件の問題点が発見された。提出すべき添付書類などへの要求が過剰であったり、交付時期がおそかったり、という問題である。じじつ、地方自治体の現場でみていると、補助金の申請にあたっては膨大な書類作成が要求され、ときには補助金金額より申請書作成のための事務費のほうがおおい、といった冗談もきかれるほどだ。
それ以上に、はたして補助金は適切か、あるいは必要かという問題もある。じっさい、８０年代後半の記事をみると補助金の減額という予算案が毎年のようにくりかえされていることがわかる。たとえば８７年（「法施行４０周年を迎えて」871121）の地方自治法施行４０周年記念式典では竹下総理が「地方自治は民主政治の根幹である」ことを確認し、補助金による国の地方財政にたいする介入の排除が強調されている。だが、この記事によると補助金を打ち切ることについては中央省庁の抵抗がつよい、としている。じっさい、この年の新聞見出しのキーワードは「補助金カット」であった。
８８年も補助金合理化がつよく叫ばれた年であった。同年１月には８８年度予算のなかで補助金がどれだけ合理化されたかがとりまとめられたが、そのなかで補助金総額は１４兆強となり絶対値では前年を上回ったとされるものの、その相対的伸び率は最低水準になった（「大蔵省の補助金の整理合理化状況まとめ」880123）。だが、当時の政府は「暫定措置」として８６年度から３年間、国庫補助負担率を引き下げることを決定しており、８９年度予算ではこの「暫定措置」をどうするかが問題になった。大蔵省と自治省がこれをめぐって攻防戦をくりひろげた(「国の補助金負担率下げ大蔵・自治熱い攻防」880223）。そしてこの年の夏の予算編成期には全国知事会議で国の財政へのつよい不満が噴出している（「補助金削減・地方振興訴える自治体」880820）。この記事は同年の中央と地方の財政を解説しており、そこで紹介されている数字は歴史的に重要なので再掲するとほぼつぎのようになる。この年度の国の財政規模は５６兆７千億円、地方が５７兆８千億円。国の公債残高は１５８兆円、地方のそれは６３兆円。
補助金をめぐる合理化はすすんだ。１９８９年４月にはには補助金等整理合理化法が国会で可決され（「補助金整理合理化法が成立」890407）、９１年には同年度の補助金の伸び率が前年比４．２％で一般歳出の伸び５．３％を下回ったことが大蔵省から発表されている（「補助金伸び率は４．２％」910129）
それにくわえて補助金をめぐっては「外圧」が発生した。これは農産物自由化、とくにコメの輸入自由化にむけての国際圧力が１９８７年以降、日本に明確なかたちで襲いかかったことと関係する。すなわち、１９９０年には「ウルグアイ・ラウンド」の最終とりまとめがおこなわれ、それに先だって５月に開催された四極通商会議で農業分野で農業への補助金の打ち切りが勧告されたのであった（「補助金削減を前提に予算編成」900509）。その外圧をさらに加速したのはＯＥＣＤの報告書である。これによると、日本の農業補助金指数は先進国のなかでは最高の７２％で、アメリカの２７％、ＥＣ加盟国の平均３８％とくらべて圧倒的に高い、とされている（「補助金指数日本が最高」900531）。そしてこの年には来日中のニュージーランド首相が東京で日本政府の農業補助金の全廃を要求したり（「ニュージーランド首相農業補助金の全廃を要求」900728）、ＥＣがその輸出補助金の減額を試算するなど（「輸出補助金を削減」901205）一国の農業政策がもはや孤立したものではなく、それにともなって補助金もまた国際問題化するということをあきらかにした。
この問題は翌年以降も継続するが（「新ラウンド農業補助金」910116）その後の重要な展開は村山内閣があらたな行政改革として発表した「行政改革大綱」のなかでの補助金の整理合理化であった。この政府原案によれば補助効果のすくない零細補助金はその上限をいったん引き上げたうえで整理しまた新規の補助金創設は禁止する、ということになった。（「行革大綱原案補助金新設を禁止」941220）９５年になると食管法は実質的に廃止となり、それまで補助金だけではなくあらゆる手段で保護されてきた日本の米作農業は自由化時代をむかえることになった。政府買い上げは備蓄用の１５０万トンだけで、あとは自由市場での取引になる。そのあたらしい体制のもとで農家を補助するために、政府は「減反奨励」のような各種補助金によって一時的に農家の収入をあげる方法や、集荷対策費といった名目での間接補助をおこなったりしはじめた。（「米審地域算定方式を了承」950624）
補助金問題はしばしば社会的な不正や犯罪にむすびつく。これまでみてきたことからあきらかなように、補助金は政府、とりわけ関係省庁から自治体や団体に交付される性質のものであるから、この両者のあいだでの公正を維持することはきわめて重要だ。だが、そのような関係にあるからこそ、いくつかの問題が発生する。この１０年間の新聞記事をふりかえってみると、ほとんど例外なしに「補助金問題」とは不正や汚職とつながっていた。 １９８６年には青森県三沢市の汚職事件があった。これは三沢市の米軍基地関連の工事の発注にあたって、同市の小桧山哲夫市長が業者から賄賂数百万円をうけとっていた、という事件（「利権におぼれた三沢市長」861217）である。三沢は防衛庁からの各種補助金をうけとり、また国が直接発注する基地内工事からの利益還元もうけていた。ここでの「防衛補助金」は駅舎の改築や商店街のアーケード建設にも利用されていたが、市長は多額の補助金からのリベートを当然としていた。
１９８７年には富士吉田市で汚職が発覚した（「巨額補助金タカリの構造」870225）。これは同市の渡辺万男市長が隣接一市二村で構成する「恩賜県有財産保護組合」の組合長選挙にあたり組合議員に投票を依頼したもので、ここでは山梨県の山林の半分をしめる恩賜林にある自衛隊の北富士演習場からの賃貸料が年間１６億円はいってくる。それらの収入は自治体に補助金として交付されていた。この贈賄での資金は二千万円にものぼっている。 １９９１年には千葉県市原市の老人ホームの理事長が国や県、市から受領する補助金や措置費合計七千五百万円を着服（「補助金など七千五百万円を横領」910807）したという報道があった。母体になっている社会福祉法人が、この理事長を横領などの容疑で告発した。
このような事件は毎年あとをたたないし、その舞台も補助金の種類とおなじくさまざまである。９２年の不正は神奈川県厚木市の厚木商工会議所で発生した。報道（「補助金千三百万円不正受給」920418）によると、この団体は「経営指導員」の人件費や活動費として「小規模事業指導費補助金」を国や県から年間四千万円うけとっていたが、申請では６人とされている指導員を事実上は３人しか雇用せず、差額は会議所の一般的な運用費などに流用されていたという。
１９９４年は有名な接待疑惑がもちあがった。これは複雑な構造をもっていて、中央省庁の官僚がその所管する財団法人から接待をうけたという事件（「補助金のため接待受けた」940617）である。具体的にいうと、運輸省の監督下にある（財）船舶振興会は競艇を実施してその開催地の自治体から売り上げの３．３％の交付金をうけ、それを主として同省所管の公益法人に補助金として還元するという役割をになっていた。その補助金を各部局が所管する各種法人に確保するために財団が主催するゴルフに同省の幹部が招待されたというのがこの事件だ。通常の感覚からいうと財団が官僚を接待するという構図になるはずだが、このばあいは逆であった。ここでは補助金の分配についての裁量権はことごとく財団のがわにあり、官庁はその末端での配分を確保するために財団に気配りしなければならなかったのだ。当時の同省の課長、局長から官房長、審議官までもがこの接待をうけた。これは金銭の授受もなく、また贈賄などの犯罪にかかわるような重大事件ではなかったが、これは倫理問題であると同時に補助金のありかたについても再検討すべき問題をなげかけた。
このような行政官庁の不正事件がさらにひろがりをみせたのは１９９５年秋のことであった。中央省庁とその出先機関や地方自治体の関係者間での接待は公務員相互の接待だから、「官官接待」ということばでジャーナリズムは報道した。その発端になったのは同年におこなわれた会計検査の結果、建設省の補助金の一部が「食糧費」として計上され、それが実質的に接待費であったことが判明したからである。たとえば島根県のばあい、前年度に県の秘書課、財政課、東京事務所の三部門で合計八千七百万円余を「食糧費」として支出したが、そのうち東京事務所分の千七百万円の半額ていどが政府補助金による公共事業費から転用されていた。接待するのは県であり、それを受けるのは中央省庁の職員である。補助金を交付されるように自治体は中央省庁にはたらきかける。それがこのような飲食費になっていたのだ（「官官接待に流用の補助金」951013）。建設省にひきつづき、農水省、通産省、環境庁についてもおなじような問題があることが発覚（「補助金返還請求」951014）し、この種の流用をめぐって会計検査院は各種補助金の「交付要綱」のなかにある「事務費」、そしてその一部になる「食糧費」について規定を明確にするようにもとめた（「食糧費規定改正を」951103）。結局のところこの問題は補助金のなかの「事務費」の割合を１０−５％削減することで決着したが（「補助金事務費を一律減」951212）、このような中央省庁と出先機関や関係団体とのあいだでの飲食費を中心とした「官官接待」問題はその後、こんにちまで継続する問題となり、それが公務員の「倫理規定」にまで展開したことは記憶にあたらしい。
この新聞記事の解析は１９９５年度まででひとまず終了し、それからすでに７年が経過して時代は２１世紀に突入した。ここに紹介してきた報道はその意味で、いまではひとつの歴史資料になってしまった、といってもよい。この１０年間は日本の現代史にとって激動の１０年間でもあった。８０年代なかばまでつづいたいわゆる「高度成長」とその結果としての「バブル経済」が崩壊し、日本はあらたな困難の時代をむかえることになった。企業の業績が悪化し、国の歳入が減少すれば、当然のことながら緊縮財政がつづき、それでも不足する部分は赤字国債で補填する、という病理学的現象が日本の財政と社会の恒常的な体質になったのもこの時代である。そして、そのことは国家財政のなかで無視することのできない補助金問題にも反映されてきた。いうまでもなく国庫補助金は政府予算のおよそ２５％から３０％をしめる巨額の歳出である。その傾向はそれほど変化していない。しかし２７ページに記載した数字からもあきらかなように、国の歳出のなかでの補助金の割合は昭和５０（１９７５）年に３４％というおどろくべき高率に達し、その後漸減の道をとりはじめ、それから２０年後の平成７（１９９５）年になって２０．３％の低水準にまで落ち込んだ。２０年間で１３ポイントちかい減少は劇的であった。第１章（２９ページ以下）で補助金がひとつの歴史的「現象」であったのではないか、とのべたが、そのことはこうした変化と無関係ではない。そして、それらの変化はここにみてきたように新聞記事の内容にも反映されている。あきらかに社会は変化し、またその構成要素のひとつとしての地方自治や、その基盤となる補助金問題への照射のしかたも変化してきているのである。
しかし、それにもかかわらず、いまから２０年以上むかしの新聞の記事見出しだけをとりあげてみると、補助金問題の本質はほとんどかわっていないようにもおもわれる。たとえば「自治体予算まっ暗やみ編成・減税の規模や補助金分からず」（940123）という見出しは９４年１月の予算案審議中の記事だが、これは８年後の現在の記事見出しとしてもそのまま通用する。「転作奨励金制度見直し・コメ偏重構造転換」（861114）はいまから１６年まえの記事として記録されているけれども、転作のための政策や具体策はこんにちにまで持ち越され、はっきりした長期展望はひらけていない。このほかにも「国と地方は”親子”？”両輪”？」（880423）、「税金のムダ遣いに関する会計検査院報告」（891209）、「補助金制度見直し魅力ある林業へ」（920423）、「国の補助金を一般財源に」（910615）などかぞえきれないほどの見出しがこの１０年の新聞記事にはならんでいるが、カッコ内の日付や記事の詳細な内容をみないかぎり、ここには歴史的に変化する「変数」ではなく、時間軸をこえた「恒数」としての補助金問題があることがわかる。
べつなことばでいえば、補助金とそれに関連するもろもろの問題はいっぽうで時系列のなかで変化しながら、他方では日本の地方行政、そして社会組織ぜんたいにとって、半永久化した骨肉の一部になっているのだ、とみるべきなのであろう。
とりわけ毎年、秋から冬にかけての翌年度予算審議、そこでの各省庁の予算獲得合戦、その重要な一翼としての補助金の増減問題、といった一連の「年中行事」はどの年度の新聞をみてもまったくおなじだし、また補助金をめぐっては、その整理統合が毎年のように議論されながら、じつはそれほどかわっていないことも新聞記事からわかる。すでにみたように（９６ページ）、「補助金整理合理化法案」は９４年に成立しているが、そこで整理統合されて補助金の種類が減少したか、といえばかならずしもそうではない。ひとつの補助金が「整理」されれば、あたらしい補助金が発明される。合計３０００種類にものぼる補助金は、いわば自己増殖をつづけているかのようなのである。
また、ここで主題としてきた「むら」の活力という点からみると、日本の農業問題は８０年代からこんにちまで、根本的になにも変化していないようにもおもえる。この１０年間は農産物自由化という国際問題が発生した時期であり、消費者のがわではいわゆる「コメばなれ」が進行し、ただでさえ過剰生産になっていたコメがその市場をうしないはじめた時期であった。「減反」という、むかしは耳にしたことのない文字もこの１０年、絶えることなく新聞紙面をにぎわせた。だが、これだけの時間をかけて、いったい日本の農政がどれだけゆるぎなき方針をたてることができたか、は紙面でみるかぎり、あきらかではない。第２章でみたふたつの「むら」の過去１０年、あるいはそれ以上にわたる歴史はこの不安定な農政をそのまま反映しているかのようなのである。この不安定な状況が一過性のものなのか、あるいはさらにこれからもながいあいだにわたって継続してゆく性質のものなのか、回答はだされていないようである。